英語と日本語
英語で詩を読むと、言語の志向というか世界に対する姿勢と言うべきか、とにかく根本的な「あり方」において、日本語と英語の著しい違いがよく感じ取れる。ちょっとうまく言い表せるか分からないが、僕が現時点で感じていることを書き残しておきます。
たとえば、映画「インターステラー」でMichael Caineが演じるおじいちゃん教授(彼はしょっちゅう死にかけの老人をやっている)が繰り返し朗読していた、Dylan Thomasの “Do not go gentle into that good night” の冒頭
Do not go gentle into that good night,
Old age should burn and rave at close of day;
Rage, rage against the dying of the light.
とか。これまた、T. S. Eliotの超々有名作 “The Love Song of J. Alfred Prufrock” なら
Let us go then, you and I,
When the evening is spread out against the sky
Like a patient etherized upon a table;
とか。これらに対して日本語なら、たとえば田村隆一の「保谷」から
保谷はいま
秋のなかにある ぼくはいま
悲惨のなかにある
この心の悲惨には
ふかいわけがある 根づよいいわれがある
なんて言う、誰もどれも恐ろしい詩人の恐ろしい作品を並べて読んでみる。すると、主語がどうの文法がどうのということとは別次元で、日本語と英語の「世界認識の違い」が感じられる。感じられますか??(なんか怪しい)
とりあえず、僕の勝手な感覚を、簡単に図式化すると以下のようになる。
英 語 【言語】⇒【事象】⇒【観念】
日本語 【言語】⇒【観念/事象】または【観念(事象)】
英語では、言語はまず事象(出来事/物事)を表現することで、その「向こう側」に観念を表現しようとしている。(ように感じる)
それに対して日本語では、観念と事象が並列にごろんと並べられていて、言語はそれらを自由行き来する(してしまう)。あるいは、むしろ観念が「主/正」で、事象は「従/閏」であって、言語は隙あらば観念をこそ指し示そうとしている。(ように感じる。くどいけど)
言わずもがなだが、英語には観念語彙がない/少ないなんてことはないし、むしろ日本語の多くの抽象語は明治期以降に訳出されたわけで、ここで言っているのは語彙の話ではない。どういう風に世界を捉え、指し示し、表現しようとするのか、という言語自体が持つ衝動や欲求やキャラクターのようなものかと思う。
だから何か?
だから、日本語で表現することは恐ろしく難しいよね、というのが一つ。日本語は隙あらば言葉が観念的になり、現実の事象から遊離してハルシネーションを起こす。起こしやすい。優れた詩人は、それらを自在に行き来して見せるが、我々はそうも行かないので、一旦、どうやらそういうことがあるらしいという自覚は必要そうだ。
もう一つは、だから、英語で表現するには、日本語の頭で考えるんじゃ英語にならなくて、つまり英語の志向で世界を捉える思考からでないと英語にならないんだね、ということ。たとえば僕は英語詩作チャレンジをしてるんですが、自作のしょぼい詩でも、なんか良いなと思う時と全然ピンと来ないなと言う時があって、その差はそういう「思考の志向」が違うように思う。(それ以前の問題で、とにかく語彙が全然まるっきり足らないので、やっぱりもっと読まないとねと思いますが。。)
そして、last but not least, やっぱり日本語人は日英バイリンガルでもなんでもマルチリンガルであると、世界認識を正しく保ちながら、日本語の高性能さを活かせるんじゃないかと思う。「汎用翻訳言語」である日本語は、世界認識のアンカーを外国語(の思考)にアウトソーシングしていて、内部に絶対基準点を持たない。持たないことが、その汎用性と分解能の源泉になっているんだと思うが、優れた詩人ではない我々にとってはちょっと性能が高すぎるんでしょう。ごく普通に英語を身につける方が、日本語で自在に表現し思考できるようになるよりも、たぶんずっとずっと簡単だろうと思う。
でも最近の日本人は、すごく普通に英語を話すよねぇ。10年前・20年前からはものすごく変わった。だから日本人も日本社会も、これから良い方に大きく変わるはずだと信じたい。
色々間に合うと良いな。



とてもおもしろかったです。英語と日本語のちがいを、こんなふうに考えたことがなかったので。日本語はすぐに気持ちや考えにいってしまうなあと思いました。さいごの「日本語は性能が高すぎる」ということばがとても印象にのこりました。すてきな文章をありがとうございました。
>もう一つは、だから、英語で表現するには、日本語の頭で考えるんじゃ英語にならなくて、つまり英語の志向で世界を捉える思考からでないと英語にならないんだね、ということ。
私がからっきし英語が出来ない理由が分かったような気がしました😅